シェークスピアと聞いて作品「ハムレット」「ベニスの商人」を思い浮かべる人は
多いのではないでしょうか?
筆者は知らなかったのですが、『シェークスピアの作品と言われるものが
実は別人作』と主張している著名な人たちが昔から多くいたようです。
興味がありましたのでこのネタを本ブログで取り上げることにしました。
新聞の特集記事を私なりに整理して理解しやすくまとめてみました。
○「別人説」「本人説」をとなえる著名な人たち
「別人説」をとなえる人たち:
・米国の作家「マーク・トウェイン」
・喜劇王「チャールズ・チャップリン」
・精神分析の大家「ジークムント・フロイト」
・米国のジャーナリスト「故ジョーゼフ・サフラン」
・故エリザベス女王の夫「故フィリップ殿下」
「本人説」をとなえる人たち:
・英国の教育家・批評家・神学者「フランシス・ミアズ」
・シェークスピア学者「ジョナサン・ベイト」
・ノッティンガム大学の名誉教授「ロバータ・ピアソン」
・英国の国王「チャールズ3世」
○「別人説」「本人説」の主張根拠
「別人説」の主張根拠:
✓作品は教養にあふれ貴族的で、歴史・音楽・法律・宮廷文化の知識も
豊富であるのに対して、シェークスピアの教育程度は不明で、
大学へ行った形跡もない。
✓1587年頃まで普通の田舎の青年だったのに、1590年前半に
ロンドンに突然登場し、俳優・詩人・劇作家として大活躍した。
✓故郷の英国中部ストラトフォード・アポン・エイボンで1616年に
亡くなった時、「それは事件ではなく、騒ぎにもならなかった」と
マーク・トウェイン著書「シェークスピアは死んだのか?」の中で
記されている。
✓「署名」問題:
「シェークスピアが書類に残した6つの署名が残っているが、
そのスペルがバラバラである。彼は字を満足に書けなかった可能性すら
ある。」とアレクサンダー・ウォー氏(*1)は指摘する。
*1)アレクサンダー・ウォー氏は英国の作家・ジャーナリスト
✓「遺書」論争:
シェークスピアの遺書は作品以外で長い文章を書いた唯一の記録だが、
自らの原稿や著書について一言も触れていないし、機知に富んだ表現もない。
✓外国を巡る描写への疑問:
「ベニスの商人」などイタリアが舞台の作品も多いが、現地の風習の
描写は比較的正確である。しかしシェークスピアは生涯、外国に
いったことがないとみられている。
「本人説」による反論:
✓「署名」問題:
当時の英語はスペルが確定しておらず、綴りの字が統一されていなくても
不思議ではない。
✓「遺書」論争:
・「シェークスピアは自分を消した。シェークスピア本人はおそらく
カトリックで、カトリック教徒弾圧の時代の中で警戒心を強め、
できるだけ自分を消し、手紙や日記を処分した。」
(東京大大学院の河合祥一朗教授談)
・シェークスピアは原稿で収入を得ていた訳ではない。当時、著作権が
ない時代で、原稿を書いても劇団に渡してしまい、自分の手元には
残らない。彼の収入は劇団の上演で得た入場料だった。当時は本が
高価だったため高い本を買わず、結果的に原稿も蔵書も残さなかった。
✓外国を巡る描写への疑問:
・外国の知識については現地に行かなくても本や資料を読めば情報入手が
可能である。
・「シェークスピアの大学は居酒屋だった。酒場には話し好きな外国帰りの
人々がいた。シェークスピアは彼らから取材する能力にたけていた。」
(東京大大学院の河合祥一朗教授談)
○「別人説」での「別人」候補
「別人説」を信じた場合、「別人」が誰なのかが最大の問題なのですが、
特集記事の中では
・哲学者フランシス・ベーコン
・第17代オックスフォード伯エドワード・ド・ビア
が挙げられています。
筆者の考えでは、”「別人説」の根拠”が鮮明で納得性があるのに対して
”「本人説」による反論”は納得性に欠けており、分が悪い。
筆者は「別人説」を支持しますが、唯一の欠点は『では別人とは誰なのか?』が
大問題ですね!